三遊亭楽天のブログ

五代目圓楽一門会所属の二ツ目、六代目三遊亭円楽六番弟子・三遊亭楽天のブログです。 落語会などの出演情報や趣味の事、日常の事などを適当に呟いて参ります。 宜しくお願い申し上げます。

ウィザードリィ

江戸時代の町民がドラゴンを褒め、ダイスロールで噺のオチを決めてしまう斬新すぎる「落語」があった。“TRPG落語”の摩訶不思議な世界を三遊亭楽天に聞く

‪江戸時代の町民がドラゴンを褒め、ダイスロールで噺のオチを決めてしまう斬新すぎる「落語」があった。“TRPG落語”の摩訶不思議な世界を三遊亭楽天に聞く
先日、電ファミニコゲーマーさんから取材を受けまして、遂に記事が公開されましたっ!
TRPG落語の事から、私の半生まで色々と語らせて戴いております。
是非、お時間ある時にでもお読み戴けると幸甚です。

やっぱりドラゴンクエストが好き。

僕はドラゴンクエスト、いわゆるドラクエが大好きだ。
どのくらい好きかというと、ダンサー時分に書いていたブログで「ドラゴンクエストの謎。」というシリーズもののエントリーを書くくらいには大好きである。

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小学校5年生の頃、ファミコンの初代『ドラゴンクエスト』を遊んで以来、Ⅹ以外の全てのナンバリングタイトルを遊んで来た。
何故、30年以上もの間、ドラクエに魅了されて来たのだろうか。
心の中で自問自答しながら、ドラクエという文化の持つ魅力を再確認していきたいと思う。

ドラクエとの出逢いは、僕にとって憧れていたロールプレイング・ゲーム(RPG)との出逢いそのものだった。
当時、ゲーム雑誌やゲームブックなどの情報から『ダンジョンズ & ドラゴンズ』という紙とサイコロで遊ぶゲームが存在する事や、『ウルティマ』や『ウィザードリィ』といったコンピューターRPGがあるという事は、知識としては知っていた。
しかし、当時の一介の小学生にとって海外のゲームを輸入して翻訳して遊んだり、コンピューターをゲームの為に購入するという選択肢は無きに等しく、いつかそういうゲームで遊んでみたいものだと夢想するのが精一杯であった。

フィールド上をキャラクターが歩くと、唐突に画面が変化し、中央に鳥山明先生の描くモンスター、それを囲むように表示されるウィンドウ。
雑誌で見た『ウルティマ』や『ウィザードリィ』の様な画面がそこにあった。

これが、僕とドラクエとの、コンピューターRPGとの出逢いだった。

以来、僕もソフトを購入し、パスワードである「ふっかつのじゅもん」を記入する為のノートを用意、アレフガルドの大地を竜王探索の旅に出た。

それまで知っていたゲームに無かった「レベルアップ」という概念が面白かった。
敵を倒すと経験値とゴールドと呼ばれる金が手に入る。
レベル毎に定められた経験値に達すると、自分のキャラクターのレベルが上がる。
レベルが上がるとキャラクターの耐久力とも呼ぶべきヒットポイント(HP)や魔法を使う為に必要なマジックパワー(MP)、その他「ちから」や「すばやさ」などの能力値が増えて、キャラクターが成長してゆく。
また、得たゴールドでより強力な武器や防具、道具などを買い揃え、キャラクターは更に遠くまで旅をして生き延びる可能性が増える。
レベルアップにより、魔法の呪文を覚える事がある。HPを回復する癒しの呪文「ホイミ」や、炎で攻撃する「ギラ」、敵を眠らせる「ラリホー」、城まで瞬間移動出来る「ルーラ」や地下迷宮から地上へ瞬間移動出来る「リレミト」など、アレフガルド攻略に欠かせない強力な呪文が一つ、また一つと増えてゆく。
この「目に見えてわかる成長」という要素にハマった。

そう、何故かドラクエに限らず、コンピューターRPGというジャンルを遊んでいると、ゲーム自体をクリアしたにも関わらず、延々とレベルアップやアイテム蒐集を繰り返してしまう事がある。
僕はカンスト(カウンターストップ。該当する数値が打ち止めになる事)するまで成長させる事に興味は無いが、クリアしたRPGを遊ぶ事が多いのは、こうした「目に見えてわかる成長」が楽しいからだ、と思っている。
人によっては「作業」と揶揄される経験値やゴールドを稼ぐ行為が、僕にとっては快楽の一つなのである。

ドラクエの大きな魅力に、堀井雄二先生の生み出すストーリーと世界、鳥山明先生の描くキャラクターと、すぎやまこういち先生の紡ぎ出す音楽がある。
ドラクエの物語は分かりやすく、かつ、主人公が喋らないというのがいい。
堀井雄二先生は漫画家・小池一夫先生の劇画村塾出身のライターで、『週刊少年ジャンプ』の読者投稿コーナー「ジャンプ放送局」などを担当していた。
堀井雄二先生が作るゲームの特徴の一つに「周囲の人物に語らせる」というテクニックがある。
ドラクエの主人公は一切、口をきかないが、周囲の人々が主人公がどんな人物であるか、語り掛けて来る事で、プレイヤー自身が想像して補完する。このプレイヤーとキャラクターとの距離感が絶妙だ。勝手に喋られてしまっては、感情移入がしづらくなってしまう。僕は無口なドラクエの主人公が大好きだ。

ドラクエが世に出た1986年当時、鳥山明先生の漫画は絶大な人気を誇っていた。
出世作『Dr.スランプ』が絶大なる人気を誇り、更に『ドラゴンボール』が大ヒット。この稀代の大人気漫画家の描くキャラクターは敵であるモンスターすらも魅力的で、鳥山明先生がキャラクターデザインしているからドラクエに興味を持った人も多いだろう。
ドラクエにもぱふぱふを筆頭に『ドラゴンボール』の影響が随所に見られるし、『ドラゴンボール』の漫画の中にドラクエ2のモンスターたちが登場する回があった。
相互に影響を与え合う存在だったのだろう。

僕は『ウルトラマン』が好きなのだが、『帰ってきたウルトラマン』の音楽を担当されていたのが、すぎやまこういち先生だった。
すぎやまこういち先生はザ・タイガースの楽曲やヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」(後に島谷ひとみさんのカヴァーで再ブレイク)など大ヒット曲を手掛ける作曲家だが、ゲームが大好きでパソコン版の『森田将棋』(エニックス)のアンケートハガキを書いた事がキッカケで、ドラクエの音楽を担当する事になったというのは、有名な話。
「ゲーム音楽は繰り返し何度も聴く事になるから、クラシック音楽にしたらいいだろう」というアイデアは、ゲーマーならではの視点から生まれたものだろう。

こうした才能が集結し、ドラクエは生まれた。
この才能の三位一体こそがドラクエをドラクエたらしめていると思う。

僕が一番好きなドラクエはドラクエ3であるが、世界観は2が一番好きだし、音楽は4が一番好きだし、システムは11が一番好きである。
どうしても、小学生の頃にガッツリ遊んだ事もあり、ロト三部作が一番好きだ。その中でも3が一番好きなのは、自由にキャラメイクが出来るから。
でも、キラーマシンなどのメカ系モンスターが初めて登場した2もカッコいい。
ドラゴンクエストの謎。 其の参」でロト三部作について色々と妄想したが、こうした想像の余地があるのも大好きな理由の一つでもある。

『ドラゴンクエストビルダーズ2 破壊神シドーとからっぽの島』の舞台がドラクエ2の世界なので、非常に嬉しい。

今後もシリーズが出る度に遊び続けていく事だろう。

最近のお絵描き。

たまに、かみさんとノートに絵を練習している。
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私が一番最近描いた絵はこれ。
ウィザードリィの絵の模写。
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まだ描き途中なので、盾の模様が描いて無かったり。

鉛筆だけで表現するというのは、なかなか難しい。

やっぱりウィザードリィが好き

「一番好きなファミコンソフトは?」と訊かれたら、迷わず「ウィザードリィのシナリオ1!」と答える。

あれは小学6年の冬頃だったか。『ファミコン通信』の広告ページに心を奪われたのは。
当時の僕はファンタジーRPGが好きで好きで堪らなくて、パソコンを持ってもいないのに、ゲーム・アーツ著『ウィザードリィ モンスターズマニュアル』(MIA)を読んではニヤニヤする子供だったので、ファミ通に載っていた「ファミコン版 ウィザードリィ」の広告は神の啓示に等しいものであった。

ファミコンの主なユーザー層は小中学生が想定されていたのだと思うが、この『ウィザードリィ』は明らかに「オトナ」の雰囲気を醸し出していた。
黒地のパッケージには赤い『Wizardry®︎』のロゴがあり、緑色のドラゴンが描かれた実にシンプル極まりないもの。
ソフトのデザインも真っ黒なソフトに黒地のシールで、全く子供に媚びていない。
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このパッケージだけで「こいつァホンモノだ!」と痺れたものだった。

自キャラもパラメーターのみで表示される。
グラフィックなど無い。

プレイヤーはまず、「訓練場」でキャラクターを作成する。
名前を決め、人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビットからなる種族を決め、善、中立、悪のいずれかの性格を決め、種族の特性が表された力、知恵、信仰心、生命力、素早さ、運の6つの能力値にボーナスポイントを割り振り、能力に応じた戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、司教、侍などの職業に就かせる(上級職である君主、忍者は最初に得られるボーナスポイントでは足りない為、転職する必要がある)。

そうして作ったキャラクターたちは、冒険者たちが集う「ギルガメッシュの酒場」に屯している。
そこで1〜6人のパーティを編成し、「町外れ」にある迷宮の入り口から地下に潜る。
当然、武器や鎧、盾、兜、籠手などを装備しておくのも忘れてはならない。

迷宮の中には大魔導師ワードナに召喚されたモンスターどもや野盗と化した冒険者の成れの果てが巣食っており、レベルの低い冒険者は恰好の餌食である。
最初の頃は1、2回の戦闘で引き上げる羽目になるが、レベルが上がれば徐々に捜索範囲が広げられる。

死んでも「カント寺院」や高レベルの僧侶、司教による呪文で蘇らせる事が出来るが、しくじれば灰(ASHED)となり、更にしくじれば消滅(LOST)する。
復活のショックなのか、蘇生したキャラクターは生命力の値が1下がる。
この値が0になっても、キャラクターは消滅する。

また、年齢も設定されており、老衰により消滅する事もある。
宿屋に泊まると、一週間分歳を取る(馬小屋は無料で一日分しか歳を取らない。馬小屋ではHPは回復しないが、呪文の使用回数は回復する。その為、僧侶や魔法使いのみ馬小屋に泊まらせ、HPは僧侶の回復呪文で回復させる方法が一般的)。
転職すると全ての能力値が種族特有の基本値まで下がり、年齢が5歳上がる。
頻繁な転職は命取りとなる。

こうしたデメリットを踏まえ、他のゲームに比べて、プレイヤーは慎重になる(しかし、このデメリットこそが、このシンプルなゲームに深みを与えているのだ)。

パーティが全滅すると、死体はそのまま迷宮内に放置される。せっかく育て上げたキャラクターを諦めるか、それとも回収班を作成して死体を回収するか。
昔のドラマのタイトルじゃないが、人間誰しも「ウチの子に限って…」と楽観的に考えている。6人パーティを組んだら、そのパーティばかりを育成してしまうのが人情だ。しかし、ウィザードリィでは、それは愚行である。並行してメインパーティの死体回収班を育ててこそ、ウィザードリィのベテランプレイヤーと言えよう。
時間経過と共に、全滅したパーティは損壊していく。装備品や金銭が奪われたり、死体が減っていたりするのである。
迷宮の下層へ行けば行くほど、モンスターはそれに比例して強くなる。
下層で全滅したパーティの死体回収班もそれなりの実力が無ければ務まらない。また、パーティは最大6人まで、という事を考えると少人数で迎えに行かないと、回収出来る死体の数が減る。
さりとて確実に全滅したパーティの元へ辿り着く為には、ある程度の人数は必要な訳で、かなりシビアな選択を迫られる事になるのだ。

アイテムは「ボルタック商店」という店で売買される。
冒険者たちが迷宮でアイテムを拾って売らない限り、在庫は増えない。
レアアイテムである村正(Muramasa Blade!)や聖なる鎧(Garb of Lords)、手裏剣(Shurikens)などは、モンスターを倒した後に出てくる宝箱から、ごく稀に手に入るものである。
迷宮の階層が下がるほど、手に入れられるアイテムのレア度が上がる。
つまり、アイテムのコンプリートを目指すならば、迷宮の下層で強敵を殺して殺して殺しまくるしか無い(このエントリーは物騒極まりないな)。

また、宝箱は迷宮内の扉を開けた際に遭遇するモンスターしか持っていない為、大抵は最下層である地下10階の玄室で強敵を斃しまくる事になる。
地下10階ともなれば、毒や麻痺はおろか、石化や首を刎ねて即死させるクリティカルヒット、レベルを下げるエナジードレインなど、恐ろしい特殊攻撃をしてくるものばかりである。モンスターの放つ一撃一撃が恐怖なのだ。
また、最高レベルであるレベル7の呪文を使いこなす敵も多くいる為、わずかな気の緩みが全滅に繋がる。

しかし、このアイテム蒐集やレベル上げが、このゲームの中毒性を高めている事もまた、事実である。

Wizardryはモンティ・パイソンやマザー・グースなどの引用やパロディが多いゲームで、正統派ファンタジーというよりは、むしろギャグが強めな内容だったのだが、日本では正統派ファンタジーとして捉えられていた為、イメージのギャップが存在する。
例えば、かなり強い武器に「Blade Cusinart」がある。日本版では「カシナートの剣」と訳しており、攻略本や小説などでは“伝説の名工・カシナートが鍛えた剣”とされていたが、これはアメリカの家電メーカー、クイジナート社のフードプロセッサーが元ネタで、本来のBlade Cusinartは4枚の刃の付いた棒状の武器である。回転する刃によって敵を倒す武器がカシナートの剣の正体だと知って幻滅した日本のファンは多かったと思う。

正統派ファンタジーとしてのウィザードリィを描いたものとしては、ベニー松山・著『隣り合わせの灰と青春』が筆頭に挙げられるだろう。
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ファミコン版のシナリオ1のノベライズとして、最高の一冊だと思う。
続編の『風よ。龍に届いているか』もファミコン版ウィザードリィのシナリオ2の素晴らしいノベライズである。
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矢野徹『ウィザードリィ日記』も名著である。
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今でこそ当たり前になったゲーマー的な妄想がいい。

また、TRPGも出ており、その名もズバリ『ウィザードリィ ロールプレイングゲーム』(ASCII)という。
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グループSNEがデザインしたTRPGで、独自の設定として「エセルナート」という世界が創られた。
この設定は後にPS版の『リルガミン・サーガ』に引用される。

『ウィザードリィ』にハマった著名人の一人に、映画監督の押井守監督がいる。
押井監督は『機動警察パトレイバー』内で散々ウィザードリィのパロディを繰り広げ、『Avalon』というオリジナルの映画では、映画の設定そのものがまんまWizだった。
Avalonのノヴェライズである『灰色の貴婦人』もいい小説。

久し振りにファミコン版ウィザードリィ、やりたいな…。

※この記事は以前書いた【RPG】Wizardryに加筆修正したものです。

テーブルトークRPGのはなし

僕がその遊びと出逢ったのは、小学校高学年の頃。
友人宅に遊びに行くと、炬燵をぐるりと囲んだ友人たちがサイコロを振っては、何やら紙に書き込んでいた。
「何してるの?」
「あ、一緒にやる?」
という事で、僕も輪に加わる事となった。
「どうすればいいの?」
「まずね、この紙を…」
手渡されたコピー用紙には何やら項目が印刷されていた。
「プレイヤー名」、「ダンジョンマスター名」、「キャラクター名」、「性格」、「クラス」、「レベル」、「アーマークラス」、「ヒットポイント」、「ストレングス(強さ)」、「インテリジェンス(教養)」、「ウィズダム(知恵)」、「デクスタリティ(敏捷性)」、「コンスティテューション(強靭さ)」、「カリスマ(魅力)」、etc…。何だろう?
友人はサイコロを三つ手渡しながら、
「これを振った合計を『能力値』の項目に順番に書いてって」
「うん」
言われるがままにサイコロを振る。
「…出来たよ」
「どれどれ…。うーん、全体的に低すぎるなあ。もう一度振り直して」
やり直して再度見せると、
「うん、まぁまぁかな。ストレングスとインテリジェンスが高いから、ファイターかマジックユーザーかエルフが選べるけど、どれがいい?」
エルフ?いすゞのトラックか?マジックユーザー?
「ああ、ファイターは戦士。マジックユーザーは魔法使いの事だよ。エルフは戦士と魔法使いの中間みたいな感じだね」

…これが僕とテーブルトークRPGの馴れ初めだった。
システムは『Dungeons & Dragons』(新和 / TSR)。今では「クラシックD&D」と呼ばれているゲームだ。
会話によって進行するRPGである、というか『Wizardry』や『Ultima』といったコンピュータRPGより、むしろこちらが先に生まれた。
ゲームマスターと呼ばれる進行役がプレイヤーに状況を伝え、プレイヤーは受け持つキャラクターに合った行動を宣言し、その行動の成否判定をしながら進めていく。

僕はこの『D&D』 の他に『ソード・ワールドRPG』(富士見書房)、『指輪物語ロールプレイング』(ホビージャパン / Iron Crown Enterprises)、『ウィザードリィRPG』(アスキー)、『WARES BLADE』(ホビージャパン)、『Tunnels & Trolls』(社会思想社 / Flying Buffalo Incorporated)、『RuneQuest』(ホビージャパン / Chaosium Inc. / The Avalon Hill Game Company)、『ロードス島戦記コンパニオン』(角川書店)、『ビヨンド・ローズ・トゥ・ロード』(遊演体)辺りで遊んでいた。
中学から高校の頭くらいまではすっかりハマっていたのだが、高校生で色気付いてすっかりオタクカルチャーから足を洗ってしまったので、気が付いた頃にはテーブルトークRPGという文化そのものがすっかり下火になってしまっていた。
自分に素直になれた30歳くらいの頃に大人の財力で買い戻して以来(何せ絶版書籍なのでどれもプレミア価格になっている)、宝物になっている。

テーブルトークRPGはまだまだマイナーなジャンルではあるけれど、結構面白い遊びだと思う。 
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