三遊亭楽天のブログ

五代目圓楽一門会所属の二ツ目、六代目三遊亭円楽六番弟子・三遊亭楽天のブログです。 落語会などの出演情報や趣味の事、日常の事などを適当に呟いて参ります。 宜しくお願い申し上げます。

ファミコン

ドラゴンクエストⅢ 〜そして伝説へ…〜の想い出。

ファミコンソフト『ドラゴンクエストⅢ 〜そして伝説へ…〜』(エニックス)が発売されて、本日で30年経つ。

このゲームには非常に強い思い入れがある。
『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載されていたゲーム情報の袋とじ『ファミコン神拳』は、当時のゲームキッズたちの貴重な情報源の一つだった。
特に『ドラクエ』シリーズに関しては、そもそもファミコン神拳のライターの一人、堀井雄二さんがドラクエの作者だし、キャラクターデザインの鳥山明先生も大人気の漫画『ドラゴンボール』をジャンプで連載している事もあり、非常に濃厚な情報が掲載されていた。
『ドラクエ2』の時も非常にドキドキしたが、『ドラクエ3』の情報がファミコン神拳に載った時は、心底ワクワクしたものだった。

当時のゲームソフトは店頭で買うのが当たり前で、人気ソフトは予約しないとまず買えない様な状況だった。
家電量販店などに行列が出来る様子は、ニュースでも報道された。

一作目のドラクエは、プレイヤーキャラクターも出現するモンスターも一対一で戦うが、二作目のドラクエ2からはパーティ制が導入され、プレイヤーキャラクターも3人に増え、モンスターも複数の戦闘となった。
三作目であるドラクエ3は一度にパーティが組めるプレイヤーキャラクターが4人に増え、更にルイーダの酒場で他の仲間と入れ換える事が出来るというシステムが登場した。
それまでは勇者ロトの子孫たちが主人公であったが、ドラクエ3のプレイヤーキャラクターは勇者以外のメンバーたちは、名も無い一冒険者に過ぎない点が非常に好みに合った。
何なら勇者も勇者という特殊な職業では無く、単なる戦士でもいいと思っていたくらいなので、不揃いなパーティを想像してはワクワクした。
しかも、職業も豊富にあり、戦士、僧侶、魔法使い、武闘家、商人、遊び人の中から任意のキャラクターが作れるというのも嬉しかった(スーパーファミコン版などのリメイク版では更に盗賊も加わった)。
更に条件さえ満たせば、魔法使いと僧侶の呪文が使える賢者も作れる。

僕は武器、防具をガチガチに装備した怪力無双の戦士が好きなので、武闘家では無く戦士を選んだ。
回復魔法は必須なので、僧侶もチョイス。名前は当時好きだった女の子の名前をつけたと思う。
便利な攻撃魔法も欲しいので、魔法使いも仲間にした。
こうして、僕のパーティはアリアハンを出発し、広大なフィールドを旅する事になったのだった。

世界地図によく似たフィールドは、本当に旅をしている感覚にさせてくれた。
丁度、社会の授業で習った様な「胡椒一粒は黄金一粒」といったセリフがあったり、弥生時代の日本によく似たジパングという国では、プレイヤーキャラクターの方が「わーっ!ガイジンだあ!」と言われてしまうとか、面白い仕掛けが随所にあった。

インドの辺りに位置するダーマ神殿で条件を満たせば任意の職業に転職出来るのだが、とあるアイテムを入手する、もしくは特定の職業のキャラクターで賢者が作れるというのが嬉しかった。ただ、何も考えずに転職させてしまうと、弱体化してレベルアップにも時間が掛かる事もあり、転職させるタイミングを見誤ると有利になるどころか、かえって不利になるというのも面白かった。

ゲームスタート時に王様から討伐を命じられた魔王バラモスを斃しても、世界に平和が訪れず、更なる冒険の予感に驚かされた。

そして…。

サブタイトルに隠された意味を知った時、感動すら覚えた。
この時ばかりは、主人公の職業は一介の戦士では駄目だと思った。
成る程、全てが綺麗に収まっていたのだな、と嬉しくなったのだった。

そんな訳で、僕はこのゲームが大好きで、今でも(リメイク版だけど)遊び続けている。

やっぱりウィザードリィが好き

「一番好きなファミコンソフトは?」と訊かれたら、迷わず「ウィザードリィのシナリオ1!」と答える。

あれは小学6年の冬頃だったか。『ファミコン通信』の広告ページに心を奪われたのは。
当時の僕はファンタジーRPGが好きで好きで堪らなくて、パソコンを持ってもいないのに、ゲーム・アーツ著『ウィザードリィ モンスターズマニュアル』(MIA)を読んではニヤニヤする子供だったので、ファミ通に載っていた「ファミコン版 ウィザードリィ」の広告は神の啓示に等しいものであった。

ファミコンの主なユーザー層は小中学生が想定されていたのだと思うが、この『ウィザードリィ』は明らかに「オトナ」の雰囲気を醸し出していた。
黒地のパッケージには赤い『Wizardry®︎』のロゴがあり、緑色のドラゴンが描かれた実にシンプル極まりないもの。
ソフトのデザインも真っ黒なソフトに黒地のシールで、全く子供に媚びていない。
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このパッケージだけで「こいつァホンモノだ!」と痺れたものだった。

自キャラもパラメーターのみで表示される。
グラフィックなど無い。

プレイヤーはまず、「訓練場」でキャラクターを作成する。
名前を決め、人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、ホビットからなる種族を決め、善、中立、悪のいずれかの性格を決め、種族の特性が表された力、知恵、信仰心、生命力、素早さ、運の6つの能力値にボーナスポイントを割り振り、能力に応じた戦士、魔法使い、僧侶、盗賊、司教、侍などの職業に就かせる(上級職である君主、忍者は最初に得られるボーナスポイントでは足りない為、転職する必要がある)。

そうして作ったキャラクターたちは、冒険者たちが集う「ギルガメッシュの酒場」に屯している。
そこで1〜6人のパーティを編成し、「町外れ」にある迷宮の入り口から地下に潜る。
当然、武器や鎧、盾、兜、籠手などを装備しておくのも忘れてはならない。

迷宮の中には大魔導師ワードナに召喚されたモンスターどもや野盗と化した冒険者の成れの果てが巣食っており、レベルの低い冒険者は恰好の餌食である。
最初の頃は1、2回の戦闘で引き上げる羽目になるが、レベルが上がれば徐々に捜索範囲が広げられる。

死んでも「カント寺院」や高レベルの僧侶、司教による呪文で蘇らせる事が出来るが、しくじれば灰(ASHED)となり、更にしくじれば消滅(LOST)する。
復活のショックなのか、蘇生したキャラクターは生命力の値が1下がる。
この値が0になっても、キャラクターは消滅する。

また、年齢も設定されており、老衰により消滅する事もある。
宿屋に泊まると、一週間分歳を取る(馬小屋は無料で一日分しか歳を取らない。馬小屋ではHPは回復しないが、呪文の使用回数は回復する。その為、僧侶や魔法使いのみ馬小屋に泊まらせ、HPは僧侶の回復呪文で回復させる方法が一般的)。
転職すると全ての能力値が種族特有の基本値まで下がり、年齢が5歳上がる。
頻繁な転職は命取りとなる。

こうしたデメリットを踏まえ、他のゲームに比べて、プレイヤーは慎重になる(しかし、このデメリットこそが、このシンプルなゲームに深みを与えているのだ)。

パーティが全滅すると、死体はそのまま迷宮内に放置される。せっかく育て上げたキャラクターを諦めるか、それとも回収班を作成して死体を回収するか。
昔のドラマのタイトルじゃないが、人間誰しも「ウチの子に限って…」と楽観的に考えている。6人パーティを組んだら、そのパーティばかりを育成してしまうのが人情だ。しかし、ウィザードリィでは、それは愚行である。並行してメインパーティの死体回収班を育ててこそ、ウィザードリィのベテランプレイヤーと言えよう。
時間経過と共に、全滅したパーティは損壊していく。装備品や金銭が奪われたり、死体が減っていたりするのである。
迷宮の下層へ行けば行くほど、モンスターはそれに比例して強くなる。
下層で全滅したパーティの死体回収班もそれなりの実力が無ければ務まらない。また、パーティは最大6人まで、という事を考えると少人数で迎えに行かないと、回収出来る死体の数が減る。
さりとて確実に全滅したパーティの元へ辿り着く為には、ある程度の人数は必要な訳で、かなりシビアな選択を迫られる事になるのだ。

アイテムは「ボルタック商店」という店で売買される。
冒険者たちが迷宮でアイテムを拾って売らない限り、在庫は増えない。
レアアイテムである村正(Muramasa Blade!)や聖なる鎧(Garb of Lords)、手裏剣(Shurikens)などは、モンスターを倒した後に出てくる宝箱から、ごく稀に手に入るものである。
迷宮の階層が下がるほど、手に入れられるアイテムのレア度が上がる。
つまり、アイテムのコンプリートを目指すならば、迷宮の下層で強敵を殺して殺して殺しまくるしか無い(このエントリーは物騒極まりないな)。

また、宝箱は迷宮内の扉を開けた際に遭遇するモンスターしか持っていない為、大抵は最下層である地下10階の玄室で強敵を斃しまくる事になる。
地下10階ともなれば、毒や麻痺はおろか、石化や首を刎ねて即死させるクリティカルヒット、レベルを下げるエナジードレインなど、恐ろしい特殊攻撃をしてくるものばかりである。モンスターの放つ一撃一撃が恐怖なのだ。
また、最高レベルであるレベル7の呪文を使いこなす敵も多くいる為、わずかな気の緩みが全滅に繋がる。

しかし、このアイテム蒐集やレベル上げが、このゲームの中毒性を高めている事もまた、事実である。

Wizardryはモンティ・パイソンやマザー・グースなどの引用やパロディが多いゲームで、正統派ファンタジーというよりは、むしろギャグが強めな内容だったのだが、日本では正統派ファンタジーとして捉えられていた為、イメージのギャップが存在する。
例えば、かなり強い武器に「Blade Cusinart」がある。日本版では「カシナートの剣」と訳しており、攻略本や小説などでは“伝説の名工・カシナートが鍛えた剣”とされていたが、これはアメリカの家電メーカー、クイジナート社のフードプロセッサーが元ネタで、本来のBlade Cusinartは4枚の刃の付いた棒状の武器である。回転する刃によって敵を倒す武器がカシナートの剣の正体だと知って幻滅した日本のファンは多かったと思う。

正統派ファンタジーとしてのウィザードリィを描いたものとしては、ベニー松山・著『隣り合わせの灰と青春』が筆頭に挙げられるだろう。
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ファミコン版のシナリオ1のノベライズとして、最高の一冊だと思う。
続編の『風よ。龍に届いているか』もファミコン版ウィザードリィのシナリオ2の素晴らしいノベライズである。
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矢野徹『ウィザードリィ日記』も名著である。
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今でこそ当たり前になったゲーマー的な妄想がいい。

また、TRPGも出ており、その名もズバリ『ウィザードリィ ロールプレイングゲーム』(ASCII)という。
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グループSNEがデザインしたTRPGで、独自の設定として「エセルナート」という世界が創られた。
この設定は後にPS版の『リルガミン・サーガ』に引用される。

『ウィザードリィ』にハマった著名人の一人に、映画監督の押井守監督がいる。
押井監督は『機動警察パトレイバー』内で散々ウィザードリィのパロディを繰り広げ、『Avalon』というオリジナルの映画では、映画の設定そのものがまんまWizだった。
Avalonのノヴェライズである『灰色の貴婦人』もいい小説。

久し振りにファミコン版ウィザードリィ、やりたいな…。

※この記事は以前書いた【RPG】Wizardryに加筆修正したものです。

ドラクエと僕

友達が遊ぶ、見た事がないゲーム画面に釘付けになった。見たところ『スーパーマリオブラザーズ』の様なアクション・ゲームでも、『グラディウス』の様なシューティング・ゲームでもない。
「何、これ?」
「ドラクエ」
「面白い?」
「うん」
友人の遊ぶ後ろからブラウン管テレビを覗き込むと、画面中央にいる青いキャラクターがどうやらプレイヤー・キャラクターの様だった。キャラクターの周囲には山や草原などが配置され、数歩移動すると、画面がぐるぐると変わり始めた。
ウィンドウが幾つか表示され、中央には鳥山明調のモンスター、そして画面下には「コマンド?」の文字。

今から30年前。これが、僕と『ドラゴンクエスト』との出会いだった。
僕は『週刊少年ジャンプ』は読んでいたけど、どちらかというとコミックス派で、毎号雑誌を読む事が無かった。
『ハイスクール!奇面組』と『ドラゴンボール』、『聖闘士星矢』さえ読めればいいや、と数週間遅れで祖父母の家で読む程度だったので、『ファミコン神拳』の情報から遅れていたのだった。
僕は、このドラクエというゲームが欲しかったけれど、誕生日は半年後だし、クリスマスもお正月も更に遠い。毎月500円の小遣いを貯めていたのでは誕生日を待った方が早い。そこで僕は「おじいちゃんにねだる作戦」を決行する事に決めた。
日頃僕を溺愛してくれていた祖父は快く応じてくれ、団地の一階にあったおもちゃ屋さんですぐに買ってくれたのだった。

恐る恐るファミコンにカセットを挿し、スイッチを入れる。英語だ。
「START」という文字にカーソルを合わせ、スタートボタンを押すと、画面が変わった。
「なまえを いれてください」
僕は迷わず「のりみつ」(本名)と入力した。すると…。
「おお のりみつ! ゆうしゃロトの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ。」
自分の名前が呼ばれている事に、若干の気恥ずかしさと興奮を覚えた。
こうして、アレフガルドに生を受けた僕の分身「ゆうしゃ のりみつ」を成長させる日々が始まったのだった。
王様との謁見が終わると、三つの宝箱を開ける。松明に鍵、120ゴールドを得て、王の広間から一階へ。
ラダトームの城の外に出ると、友人宅で見たあの景色が広がっていた。まずは、城の兵士に言われた通り、武器と防具を整えねば。
ラダトームの城の隣にラダトームの町がある。町に入るとすぐに武器屋と宿屋があった。武器屋で売られている武器と防具の値段と、所持金とを見比べる。
竹竿10ゴールド、棍棒60ゴールド、銅の剣180ゴールド、布の服10ゴールド、革の服70ゴールド、革の盾90ゴールド。
現時点での最強装備である銅の剣は高くて買えないので、考えられる組み合わせは二通り。
「宵越しの銭は持たねえ」とばかりに竹竿と布の服、革の盾を購入するか、攻撃力を求めて棍棒と布の服を購入し、余った50ゴールドでもって道具屋で薬草や竜の鱗を購入するか…。
僕は少し悩んで竹竿と布の服、革の盾を購入し、冒険の旅に出た。
初っ端に出っくわしたモンスターはスライムだった。
僕は当時、海外のファンタジー系のゲームを紹介する本などを読んでいたので、スライムと言えば不定形の粘液状の姿だとばかり思っていたら、ずいぶん可愛らしい顔をしていて驚いた。
このスライムや赤いスライムのスライムベス、蝙蝠の様な羽を生やしたドラキーと暫く戦ううちにファンファーレが鳴り、レベルが上がった。
宿に泊まっては戦い、戦っては宿に泊まって、僕の分身は成長していった。ホイミやギラ、ラリホーの呪文を覚え、ラダトームの城から離れた町や村、洞窟へと赴いた。

モンスターとの交戦中に、あえなく死ぬ事もあった。
「おお のりみつ! しんでしまうとは なにごとだ!」
王様から小言を喰らって、所持金を見ると何と死ぬ前の半額に!?
幸い、経験値は減っている様子が無いのでホッとする。

今とは違い、こまめにセーブするなんて時代ではない。当時のバックアップを取る方法はパスワードである。『ドラゴンクエスト』も御多分に漏れず、「復活の呪文」と呼ばれるパスワードを王様から聞いてメモを取るのだった。
しかし、この「復活の呪文」の写し間違えによる悲劇もまた、多かった。
何分、ファミコン時代のドット文字である。濁点と半濁点を間違える事もしばしばあった。
たった一文字でも間違えれば、「じゅもんが ちがいます」と続きを遊ぶ事が叶わぬのである。
その為、僕は同じキャラクターの状態でも複数の「復活の呪文」を聞いて書き移す様にしていた。

こうして数週間が過ぎた。
学校に行ってもドラクエの事ばかり話し、家に帰るバスの中で攻略本を読み、ファミコンのスイッチが入ってなくてもドラクエの事ばかり考えていた。
現実の階段の上り下りの時にも頭の中で「ザッザッザッザッ」という効果音が鳴っていたし、家のドアを開ける時も「とびら」と頭の中にドラクエのウィンドウ画面を思い浮かべていた。

僕の分身は今や、立派な勇者に育っていた。
竹竿や布の服、革の盾ではなく、ロトの剣にロトの鎧、水鏡の盾を装備し、最強の回復呪文であるベホイミと最強の攻撃呪文であるベギラマを習得していた。
後は竜王を斃すのみ。
松明よりも明るく周囲を照らすレミーラの呪文を唱え、竜王の城最深部を目指す。
死神の騎士や大魔導、ストーンマンにダースドラゴンといった強敵を蹴散らし、竜王の玉座へ辿り着く事が出来た。
僕の分身は、竜王との死闘を演じ、見事、アレフガルドに平和をもたらした。
あのエンディング・テーマを聴くと、今でも涙腺が緩む。

竜王を撃破して、数ヶ月後。

僕は「ファミコン神拳」で驚くべき情報をゲットする事になる。

ドラクエの続編が、出る。
今度は3人パーティでの冒険との事だ。

僕は近所の商店街のファミコン屋で、人生初の予約をした。

あの店も、今はもう無い。

人生という長い旅路の中で、様々な出会いと別れを経験し、僕自身、成長してきた。
今の僕には、僕の家族がいる。共に人生を歩んでくれる妻が。
非常に心強いパートナーだ。
僕は竜王とは戦わないけれど、呪文では無く落語を覚えて、妻の叱咤激励を受けて今日も戦い続ける。
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