友達が遊ぶ、見た事がないゲーム画面に釘付けになった。見たところ『スーパーマリオブラザーズ』の様なアクション・ゲームでも、『グラディウス』の様なシューティング・ゲームでもない。
「何、これ?」
「ドラクエ」
「面白い?」
「うん」
友人の遊ぶ後ろからブラウン管テレビを覗き込むと、画面中央にいる青いキャラクターがどうやらプレイヤー・キャラクターの様だった。キャラクターの周囲には山や草原などが配置され、数歩移動すると、画面がぐるぐると変わり始めた。
ウィンドウが幾つか表示され、中央には鳥山明調のモンスター、そして画面下には「コマンド?」の文字。

今から30年前。これが、僕と『ドラゴンクエスト』との出会いだった。
僕は『週刊少年ジャンプ』は読んでいたけど、どちらかというとコミックス派で、毎号雑誌を読む事が無かった。
『ハイスクール!奇面組』と『ドラゴンボール』、『聖闘士星矢』さえ読めればいいや、と数週間遅れで祖父母の家で読む程度だったので、『ファミコン神拳』の情報から遅れていたのだった。
僕は、このドラクエというゲームが欲しかったけれど、誕生日は半年後だし、クリスマスもお正月も更に遠い。毎月500円の小遣いを貯めていたのでは誕生日を待った方が早い。そこで僕は「おじいちゃんにねだる作戦」を決行する事に決めた。
日頃僕を溺愛してくれていた祖父は快く応じてくれ、団地の一階にあったおもちゃ屋さんですぐに買ってくれたのだった。

恐る恐るファミコンにカセットを挿し、スイッチを入れる。英語だ。
「START」という文字にカーソルを合わせ、スタートボタンを押すと、画面が変わった。
「なまえを いれてください」
僕は迷わず「のりみつ」(本名)と入力した。すると…。
「おお のりみつ! ゆうしゃロトの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ。」
自分の名前が呼ばれている事に、若干の気恥ずかしさと興奮を覚えた。
こうして、アレフガルドに生を受けた僕の分身「ゆうしゃ のりみつ」を成長させる日々が始まったのだった。
王様との謁見が終わると、三つの宝箱を開ける。松明に鍵、120ゴールドを得て、王の広間から一階へ。
ラダトームの城の外に出ると、友人宅で見たあの景色が広がっていた。まずは、城の兵士に言われた通り、武器と防具を整えねば。
ラダトームの城の隣にラダトームの町がある。町に入るとすぐに武器屋と宿屋があった。武器屋で売られている武器と防具の値段と、所持金とを見比べる。
竹竿10ゴールド、棍棒60ゴールド、銅の剣180ゴールド、布の服10ゴールド、革の服70ゴールド、革の盾90ゴールド。
現時点での最強装備である銅の剣は高くて買えないので、考えられる組み合わせは二通り。
「宵越しの銭は持たねえ」とばかりに竹竿と布の服、革の盾を購入するか、攻撃力を求めて棍棒と布の服を購入し、余った50ゴールドでもって道具屋で薬草や竜の鱗を購入するか…。
僕は少し悩んで竹竿と布の服、革の盾を購入し、冒険の旅に出た。
初っ端に出っくわしたモンスターはスライムだった。
僕は当時、海外のファンタジー系のゲームを紹介する本などを読んでいたので、スライムと言えば不定形の粘液状の姿だとばかり思っていたら、ずいぶん可愛らしい顔をしていて驚いた。
このスライムや赤いスライムのスライムベス、蝙蝠の様な羽を生やしたドラキーと暫く戦ううちにファンファーレが鳴り、レベルが上がった。
宿に泊まっては戦い、戦っては宿に泊まって、僕の分身は成長していった。ホイミやギラ、ラリホーの呪文を覚え、ラダトームの城から離れた町や村、洞窟へと赴いた。

モンスターとの交戦中に、あえなく死ぬ事もあった。
「おお のりみつ! しんでしまうとは なにごとだ!」
王様から小言を喰らって、所持金を見ると何と死ぬ前の半額に!?
幸い、経験値は減っている様子が無いのでホッとする。

今とは違い、こまめにセーブするなんて時代ではない。当時のバックアップを取る方法はパスワードである。『ドラゴンクエスト』も御多分に漏れず、「復活の呪文」と呼ばれるパスワードを王様から聞いてメモを取るのだった。
しかし、この「復活の呪文」の写し間違えによる悲劇もまた、多かった。
何分、ファミコン時代のドット文字である。濁点と半濁点を間違える事もしばしばあった。
たった一文字でも間違えれば、「じゅもんが ちがいます」と続きを遊ぶ事が叶わぬのである。
その為、僕は同じキャラクターの状態でも複数の「復活の呪文」を聞いて書き移す様にしていた。

こうして数週間が過ぎた。
学校に行ってもドラクエの事ばかり話し、家に帰るバスの中で攻略本を読み、ファミコンのスイッチが入ってなくてもドラクエの事ばかり考えていた。
現実の階段の上り下りの時にも頭の中で「ザッザッザッザッ」という効果音が鳴っていたし、家のドアを開ける時も「とびら」と頭の中にドラクエのウィンドウ画面を思い浮かべていた。

僕の分身は今や、立派な勇者に育っていた。
竹竿や布の服、革の盾ではなく、ロトの剣にロトの鎧、水鏡の盾を装備し、最強の回復呪文であるベホイミと最強の攻撃呪文であるベギラマを習得していた。
後は竜王を斃すのみ。
松明よりも明るく周囲を照らすレミーラの呪文を唱え、竜王の城最深部を目指す。
死神の騎士や大魔導、ストーンマンにダースドラゴンといった強敵を蹴散らし、竜王の玉座へ辿り着く事が出来た。
僕の分身は、竜王との死闘を演じ、見事、アレフガルドに平和をもたらした。
あのエンディング・テーマを聴くと、今でも涙腺が緩む。

竜王を撃破して、数ヶ月後。

僕は「ファミコン神拳」で驚くべき情報をゲットする事になる。

ドラクエの続編が、出る。
今度は3人パーティでの冒険との事だ。

僕は近所の商店街のファミコン屋で、人生初の予約をした。

あの店も、今はもう無い。

人生という長い旅路の中で、様々な出会いと別れを経験し、僕自身、成長してきた。
今の僕には、僕の家族がいる。共に人生を歩んでくれる妻が。
非常に心強いパートナーだ。
僕は竜王とは戦わないけれど、呪文では無く落語を覚えて、妻の叱咤激励を受けて今日も戦い続ける。